与太郎
「ご隠居〜!狼が吠えてるなんか怖そうなレコード聴いたッスよ!The Exploitedかと思ったらDIOって書いてあって、色々と調べてみると…」
ご隠居
「“Lock Up the Wolves”だな。DIOの第5作目、1990年リリース。お前もようやくメタル通の仲間入りだな」
与太郎
「でもこれ、メンバー全とっかえでしょ?“DIOクラシック”じゃないって話もあるみたいで…」
ご隠居
「そこがこのアルバムの肝だ。ヴィヴィアン・キャンベル、ジミー・ベイン、ヴィニー・アピス――いわゆる“DIO黄金期”の面々が抜けて、全員若返ったというわけだ」
与太郎
「ギターの人、ローワン?18歳ッスよね?高校の文化祭でギター弾いてるレベルじゃないスか?」
ご隠居
「まぁ、実際そういう雰囲気もある。“熱はあるがリフが弱い”“オリジナリティに乏しい”っていう話も確かにある。だが、それを許してるのがロニー・ジェイムズ・ディオの凄さでもある」
熊五郎
「…よう。話しとるのはDIOかい?」
ご隠居
「おぉ熊さん、目が覚めたか」
熊五郎
「DIOはよ、ロニーの声で成り立ってんだよ。それはな、ノエルが歌えばOasisになるのと同じ理屈よ」
与太郎
「名言!かっけぇ!」
ご隠居
「言い得て妙だ。事実、今回のアルバムも“ロニーが歌えば全部DIOになる”という強力な説得力に支えられている。曲は極めて保守的、構成も変化に乏しいが、声の力が全体をDIOたらしめているな」
熊五郎
「でもな、それが“強み”であり“限界”でもある。どこまでいっても“DIOの型”に収まってる」
ご隠居
「その通り。ローワンとの共作が大半を占めてるが、そこにも“冒険”より“継承”を感じる。言い換えれば“過渡期の作品”と言えるな」
与太郎
「テンポもミディアムばっかで、疾走する曲って最初の“Wild One”くらいじゃないスか?」
ご隠居
「そう。最も勢いのある“Wild One”の後、全体がぐっと落ち着く。構成もリフも、どれも“悪くないけど、驚きがない”」
熊五郎
「レビューで言われてたろ。“安心して聴けるが刺激は少ない”ってよ」
ご隠居
「うむ。プロデュースはトニー・プラット。UK的なアプローチで、音の分離は良い。ただし、それが“薄さ”として響く危うさも持ってる。今回の『Lock Up the Wolves』の音の感じな、ちょっと違和感あったろ?」
与太郎
「あ、ありましたッス。“クリアなんだけど…なんか薄い?”みたいな…」
ご隠居
「それだ。それを決めてるのが、今回のプロデューサー、トニー・プラットって人だ」
与太郎
「え、なんか有名なんスか?」
ご隠居
「そりゃあもう。AC/DCの“Highway to Hell”や“Back in Black”のエンジニアやってた男だ。アイツはイギリス人でな、UKのロックの空気感をそのまま持ち込むタイプだな」
与太郎
「へ〜!AC/DCってことは、ドラムとかバスン!バスン!って鳴る人ッスか?」
ご隠居
「おう、そうそう。でもな、プラットの特徴は“音の分離が抜群にいい”ことなんだ。ギター、ベース、ドラム、ボーカル……全部の“輪郭”をしっかり立てる。録音の解像度が高いんだ」
与太郎
「じゃあ完璧ってことッスね!」
ご隠居
「いや、それが難しいとこでな。分離が良すぎると、“バンド全体の塊感”が薄くなる。要は、“一体感が出ない”って言われがちなんだよ。DIOのあの濃いサウンドとは、ちょっと合わなかったかもしれねぇな」
与太郎
「あとキーボードのヤンス・ヨハンソン兄さん!めっちゃ上手いのに、どこにいたんスか?ってくらい影薄い!」
ご隠居
「そこも指摘されてる。まるで“4ピースバンドにセッションで入っただけ”の扱い。派手に弾かせれば映える人材を“音の背景”にしてしまった」
熊五郎
「だから全体として、“DIOの新作”には違いねぇが、“新しさ”を感じる部分は薄い。熱もあるが、危うさや尖りは押さえられてる」
ご隠居
「だが、そこにロニーなりの意思を感じるんだ。“新しいDIO”のために、あえて若さを檻に入れたようにも思える」
与太郎
「だから“Lock Up the Wolves”ってタイトルなんスね。自由にさせてないんじゃなくて、方向性を絞ってるってことか…!」
熊五郎
「そうさ。“檻に入れた”ってのは、“無駄吠えさせないように飼い慣らした”って意味かもしれないね」
与太郎
「なるほどですね。で、俺、ライナーノーツ読みながらレコード聴いていて、こう思ったんス!」
ご隠居
「……なんだい?」
与太郎
「おお、かみだ!」