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五丁目ラジオ2・木曜日:神様も居抜きする!? ヘーゲル『美学講義』で読み解く「詩」と芸術の行方
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今回は、唐突な改名宣言から始まり、文学フリマの売上報告を経て、ヘーゲル『美学講義』の「詩」へ突入する回です。
「シナモンロール松井」だの「ベイクドチーズケーキ☆TASAKA」だのと言っているうちに、気づけば建築、彫刻、絵画、音楽、詩という芸術の発展をたどり、最後は「歴史とは居抜き物件の連続ではないか」という、妙に使い勝手のよい結論にたどり着きます。
哲学の話ではあるのですが、入り口は文フリのTシャツ在庫と池袋演芸場です。
この落差がひどい。ひどいけれど、たぶんヘーゲルも油断していたところから精神は現れるのです。
オープニング
オープニングは、いきなりの改名宣言から始まります。
その名も「シナモンロール松井」。ドラァグクイーンのリングネームなのか、町中華の新メニューなのか、よくわからない名前で番組が転がり出します。
続いて、文学フリマの報告へ。
『今日の士郎』関連の頒布は過去最高の30冊突破といううれしい結果に。一方で、Lサイズしか作らなかったTシャツが見事に売れ残るという、商売の神様が小声で「サイズ展開って知ってる?」と囁いてくるような展開もあります。
さらに収録後に向かう池袋演芸場の話、寄席の出囃子、YOASOBI『アイドル』を三味線でやったらどうなるか、という話題へ。
文フリ、Tシャツ、寄席、改名。どれも一見ばらばらですが、共通しているのは「名前をつける」「場に出す」「人に見られる」ということです。ヘーゲルに行く前から、すでに精神がちょっと外に出たがっています。
- シナモンロール松井
- ベイクドチーズケーキ☆TASAKA
- 文学フリマ
- 今日の士郎
- 30冊突破
- Tシャツ売れ残り
- Lサイズ問題
- 池袋演芸場
- 寄席
- 出囃子
- YOASOBI
- アイドル
- 三味線
- 改名宣言
- 場に出ること
- 名前の力
あらいごうゼミ:ヘーゲル『美学講義』
コーナー「あらいごうゼミ」では、ヘーゲル『美学講義』の「詩」の章について上妻がお話しをしています。
まずは、ヘーゲルが芸術をどう並べているのかを確認。建築、彫刻、絵画、音楽、そして詩。芸術はだんだん物質の重さから離れ、人間の内面に近づいていく。
建築は、石や木でつくられた巨大な器です。ここで飛び出すのが「建築は神様向け賃貸物件である」という、今回の目玉ワード。
神殿も寺院も教会も、建物そのものが神というより、神や意味を迎え入れるための箱です。つまり、中身は後から入る。場合によっては入れ替わる。神様も、案外、居抜きで入居してくるわけです。
彫刻では、精神が美しい身体を得ます。絵画では、物質の厚みが減って、光や色によって内面や気配が描かれます。音楽では、外の形はほとんど消え、感情や気分が時間の中で直接響きます。
そして詩では、ついに素材が「言葉」になります。石も大理石もキャンバスも音もいらない。言葉によって、聴き手や読み手の頭の中に舞台が立ち上がる。これが「内部の劇場」としての詩の強さです。
ただし、ここが少し危ないところ。
詩は自由すぎる。何でも語れてしまう。すると、芸術はだんだん哲学や宗教に近づいていき、感覚的な美から離れていきます。つまり、詩は最強の芸術であると同時に、芸術そのものを解体してしまうかもしれない。自由になりすぎた芸術が、芸術である理由を失いかけるわけです。
大事なのは、「詩が一番すごい」で終わらないこと。
物質から自由になることは、たしかに精神の勝利です。でも同時に、石の重さ、音の響き、エフェクター3kgのだるさ、そういう現実の抵抗も失ってしまう。全部が言葉になると、世界は説明しやすくなるけれど、少し泳がなくなる。魚を解剖すると構造はわかる。でも、その魚はもう泳がない。ヘーゲルを読む面白さは、この勝利と喪失が同時に見えてくるところにあります。
- あらいごうゼミ
- ヘーゲル
- 美学講義
- 詩
- 建築
- 彫刻
- 絵画
- 音楽
- 神様向け賃貸物件
- 内部の劇場
- 精神の自由
- 物質の重力
- 芸術の発展
- 芸術の自己超越
- 哲学への接近
- 宗教への接近
- 散文化
- 魚の解剖と泳ぎ
- エフェクター3kg
- 詩は最強の芸術か
- 自由すぎる芸術
エンディング
エンディングでは、コーナーで出てきた「建築は神様向け賃貸物件」という話が、さらに広がりと奥行きを持ちます。
ギリシャの神殿が別の宗教施設になったり、パチンコ屋がコンカフェになったり、店の看板だけ変わって中身が別物になったり。歴史とは、もしかすると壮大な居抜き物件の連鎖なのではないか、という話です。
笑い話のようでいて、けっこう使える視点かも。
制度も、建物も、文化も、完全にゼロから作られることは少ない。多くの場合、前の時代の器を使い回しながら、中の意味だけを入れ替えていく。神様も、商売も、サブカルも、だいたい居抜きで始まるのかも。新築の顔をして、実際には前の借主の匂いが少し残っている。社会とは、そういう内装工事の連続なのかもしれません。
そして、「詩の次には何が来るのか」という問いへ。
ヘーゲル的には、芸術は詩によって精神の自由に近づき、その先で哲学へ向かっていくことになります。けれど現代の私たちは、ポッドキャスト、動画、SNS、同人誌、寄席、Tシャツ、全部を混ぜながら生きている。詩の次に来るものは、きれいな新ジャンルというより、居抜きされたメディアの雑居ビルなのかもしれません。
最後は「ベイクドチーズケーキ☆TASAKA」の挨拶でお別れです。
ヘーゲルの話をしていたはずなのに、終わってみれば、文フリと寄席と居抜き物件の話になっている。けれど、それこそが五丁目ラジオらしいところです。難しい思想をありがたい額縁に入れるのではなく、いったん日常の畳に転がしてみる。すると、意外とまだ動くんですよね。魚も、たまには解剖台から逃げる。
- 居抜き史観
- 建築は賃貸物件
- 神様の入居
- ギリシャ神殿
- モスク
- パチンコ屋
- コンカフェ
- 歴史の使い回し
- 制度と器
- 中身の入れ替え
- 詩の次の芸術
- ポッドキャスト
- メディアの雑居ビル
- 哲学と日常
- ベイクドチーズケーキ☆TASAKA
- 五丁目ラジオらしさ
- 魚はまだ泳ぐ
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